ぽん和歌手帳

いいなと思った和歌と短歌置き場。訳は自分なりに

藤原兼道 - わが思ひ 空の煙と なりぬれば 雲ゐながらも なほ尋ねてむ

堀河関白、ふみなどつかはして、里はいづくぞととひ侍りければ (本院侍従)

わが宿はそこともなにか教ふべき言はでこそみめ尋ねけりやと

訳:私の家がどこか、どうしてお教え致しましょう。申し上げずとも訪ねて来られるかどうか、窺っておりましょう。

 

返し (藤原兼道/新古今集1007)

わが思ひ空の煙となりぬれば雲ゐながらもなほ尋ねてむ 

 

訳:私の「思ひ」の「火」は、煙となって空に立ち昇りましたので、雲の上(内裏)までもなお訪ねてゆきましょう。

式子内親王 - 恋ひ恋ひて そなたになびく 煙あらば いひしちぎりの はてとながめよ

式子内親王/新勅撰集 恋四1113)

 

恋ひ恋ひて そなたになびく 煙あらば いひしちぎりの はてとながめよ

 

 

近いうちに、そちらのほうになびいて行く煙が見えたならば、
あなたとの愛の約束に燃え尽きた私の命の行く末と思って、
眺め、憐れんでやってくださいね。

藤原良経 - いさり火の 昔のひかり ほの見えて 蘆屋の里に 飛ぶほたるかな

(摂政太政大臣新古今集 夏255)

百首歌奉りし時に

 

いさり火の 昔のひかり ほの見えて  蘆屋の里に 飛ぶほたるかな

 

 

海人の焚く漁り火のような、あの業平の光を思い出させる光がちらりと見えて、
ああ、あれは漁り火ではなかった、蘆屋の里に業平が幻視した蛍の光であったのだ。

 

(本歌…在原業平伊勢物語 第87段より)

帰りくる道遠くて、うせにし宮内卿もちよしが家の前来るに日暮れぬ。やどりの方を見やれば海人の漁火多く見ゆるに、かのあるじの男よむ。
   晴るる夜の 星か河辺の 蛍かも  わが住むかたの 海人のたく火か
とよみて、家にかへりきぬ。

 

 

式子内親王 - ながめつる けふはむかしに なりぬとも のきばのうめは われをわするな

新古今集 春52)

 

眺めつる 今日はむかしに なりぬとも  軒端の梅は 我を忘るな

 

いつか、こうして物思いをしながら眺めている今日が過去のものとなってしまっても、軒端の梅よ、私を忘れないでおくれ。

詠み人知らず - つつめども かくれぬものは なつむしの みよりあまれる おもひなりけり

(詠人不知/大和物語 第40段より 後撰集 夏209)

桂のみこに式部卿宮すみ給ひける時、その宮にさぶらひけるうなゐなん、このおとこみやを「いとめでたし」と思ひかけたてまつりたりけるをも、えしりたまはざりけり。

蛍のとびありきけるを、「かれとらへて」とこのわらはにのたまはせければ、汗袗(かざみ)の袖に蛍をとらへて、つつみて御覧ぜさすとてきこえさせける、

 

 

つつめども 隠れぬものは 夏虫の  身よりあまれる 思ひなりけり

 

 

包んでも隠し切れないものは、夏虫(蛍)の身から溢れ出る光のような、私の想いなのです。

式子内親王 - ほととぎす そのかみやまの たびまくら ほのかたらひし そらぞわすれぬ

式子内親王新古今集 雑上1484)

いつきの昔(斎院時代)を思ひ出でて

 

ほととぎす そのかみ山の 旅枕  ほの語らひし 空ぞ忘れぬ

 

 

その昔、神山で旅寝をしていた私に、時鳥が何気ない声で語りかけた、

あの日の空を忘れない!

 

 

鳥啼くときに

式子内親王 ほととぎすそのかみやまの…によるNach dichtung)

ある日 小鳥をきいたとき
私の胸は ときめいた
耳をひたした沈黙(しじま)のなかに
なんと優しい 笑ひ声だ!

にほいのままの 花のいろ
飛び行く雲の ながれかた
指さし 目で追ひ――心なく
草のあひだに 憩(やす)んでゐた

思ひきりうつとりとして 羽虫の
うなりに耳傾けた 小さい弓を描いて
その歌もやつぱりあの空に消えて行く

消えて行く 雲 消えて行く おそれ
若さの扉は ひらひてゐた 青い青い
空のいろ 日にかがやいた!