藤原兼道 - わが思ひ 空の煙と なりぬれば 雲ゐながらも なほ尋ねてむ
堀河関白、ふみなどつかはして、里はいづくぞととひ侍りければ (本院侍従)
わが宿はそこともなにか教ふべき言はでこそみめ尋ねけりやと
訳:私の家がどこか、どうしてお教え致しましょう。申し上げずとも訪ねて来られるかどうか、窺っておりましょう。
返し (藤原兼道/新古今集1007)
わが思ひ空の煙となりぬれば雲ゐながらもなほ尋ねてむ
訳:私の「思ひ」の「火」は、煙となって空に立ち昇りましたので、雲の上(内裏)までもなお訪ねてゆきましょう。
詠み人知らず - つつめども かくれぬものは なつむしの みよりあまれる おもひなりけり
(詠人不知/大和物語 第40段より 後撰集 夏209)
桂のみこに式部卿宮すみ給ひける時、その宮にさぶらひけるうなゐなん、このおとこみやを「いとめでたし」と思ひかけたてまつりたりけるをも、えしりたまはざりけり。
蛍のとびありきけるを、「かれとらへて」とこのわらはにのたまはせければ、汗袗(かざみ)の袖に蛍をとらへて、つつみて御覧ぜさすとてきこえさせける、
つつめども 隠れぬものは 夏虫の 身よりあまれる 思ひなりけり
包んでも隠し切れないものは、夏虫(蛍)の身から溢れ出る光のような、私の想いなのです。
式子内親王 - ほととぎす そのかみやまの たびまくら ほのかたらひし そらぞわすれぬ
いつきの昔(斎院時代)を思ひ出でて
ほととぎす そのかみ山の 旅枕 ほの語らひし 空ぞ忘れぬ
その昔、神山で旅寝をしていた私に、時鳥が何気ない声で語りかけた、
あの日の空を忘れない!
鳥啼くときに
(式子内親王 ほととぎすそのかみやまの…によるNach dichtung)
ある日 小鳥をきいたとき
私の胸は ときめいた
耳をひたした沈黙(しじま)のなかに
なんと優しい 笑ひ声だ!
にほいのままの 花のいろ
飛び行く雲の ながれかた
指さし 目で追ひ――心なく
草のあひだに 憩(やす)んでゐた
思ひきりうつとりとして 羽虫の
うなりに耳傾けた 小さい弓を描いて
その歌もやつぱりあの空に消えて行く
消えて行く 雲 消えて行く おそれ
若さの扉は ひらひてゐた 青い青い
空のいろ 日にかがやいた!